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R**D
日常にはりめぐらされた微細な差異からメディアを再考する
といったテーマのように読みました。私は編者のSarah Sharmaの『In the Meantime』のファンなので本書を購入。彼女は、(恐らく)最後のMcLuhan Centerの所長になると思いますが、そこでの週一レクチャーシリーズのようなイベントを、書籍として編み上げたのが本書です。 私はさほどfeminismには詳しくないのですが、もしも本書が「Feminist Extensions of Marshall McLuhan」として妥当な評価を受ける足る成果なのであれば、比較的現時点でのfeminismをすっきり受け入れられるだろうと。もちろん、ステレオタイプというかジャーナリズム的な水準でのジェンダーに基づく技術の問題を取り上げることもあるのですが、むしろ本書に通底しているのは、日常に無意識にメディア、そして技術を通して微細に張り巡らされた差異に基づく不均等とどう向き合うかという文脈においてマクルーハンを鍛え直すという方向性だと思います。 また、カナダのトロント大学のマクルーハンセンターでのレクチャーシリーズという、ある種の文化、地理、社会的背景から、大半のチャプターにおいて、ジェンダーという変数は、多様なethnicity(white/black, the colonized, the indigenous etc…)の変数と組み合わされながら扱われることになります(いわゆるintersectionality的な感覚が自然化された社会ではこのようなかたちで論じられるのだろうと)。そこで、私がしみじみ感じたのは、改めてメディアを問うこととは日常と問うことなのだということでした。 したがって、「feminist extensions」という副題ですが、必ずしもダナ・ハラウェイファンのような方だけに開かれた書籍ではなく、カナダらしいメディア研究の2020年前後の状況を知りたい方には薦められるアンソロジーです。Shannon MatternやCraig Rbertsonなども寄稿しているので、近年注目の続くメディアの「モノ性」的な関心を持つ読者にも刺激的な書籍であることもまた間違いないだろうと思います。
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